風を見たくて

日々雑感

いつかの日本、もう一つの日本、ブータン0

Posted by TOMY in æ—…è¡Œ (月曜日 10月 8, 2012 at 5:39:20)

一仕事終えて家路につく人々
インドのダージリンやネパールに行くと、やあご近所の○○さんと声をかけたくなるくらい親近感を覚える顔の人が多い。お隣の国、中国や韓国ではこうはいかないから、これらの国を飛び越えたヒマラヤの人々に親近感を覚えるというのは何とも不思議な感覚である。我々のルーツは、やはりここらへんなんだなと思ってしまう。

また、このあたりの人の多くは肉体労働に従事しているのだが、皆実にいい顔をしている。正しく生きているとそれは自ずと顔に出る、そんなことを思い起こさせてくれる。

翻って日本の朝の通勤電車などに乗っていると、我々はそういう顔を一体どこにおいてきてしまったんだろうと考えてしまう。

さて、話をブータンに転じよう。

ブータンの人々もご多分に漏れず、いい顔をした人たちだ。印象としては、他のヒマラヤの国の人に比べ、男は幾分、がっしり、どっしりした印象を受ける。それでいて、人懐っこく、敬虔で相手に対する敬意が表情や所作に表れている。

自宅に招いてくれた老人

ブータンでは、トレッキングの末、農家にホームステイした。基本的にはガイドとドライバーがつくのだが、村を歩くのは自由。

ヒマラヤの麓で、十分な高度にありながら緯度が低いので、丁度日本の照葉樹林帯と同様の植生である。

男性はゴ、女性はキラという民族衣装を着ているが、これはどこか日本の着物に似ているので、田んぼがある農村の姿は、立ち並ぶ家の建築様式を除けば、江戸時代後期か明治時代初頭にでも迷い込んだような錯覚に陥る。

読経中の僧侶
散歩していると、お茶でもと老人が招いてくれたので、ついて行ってみた。行ってみると、丁度年に一度の法事の最中で、お坊さんが呼ばれ、楽器とともに読経中であった。ブータンはチベット仏教なので、極彩色で同じ仏教にありながら大分様式が異なる。

なかなかの大家族で、普段は町に出ている娘達も戻ってきていて、日本でいうと高校生くらいの年恰好だったが、流暢な英語でいろいろ話してくれた。
お酒も饗され、食事も食べて行きなさいということになったが、ホームステイ先の農家でも食事があるだろうことを考えて辞退したが、旅人にも優しい人々であった。

生き物を大事にするこの国では仔犬もぬくぬくと育つ 生き物を大事にするこの国では仔犬もぬくぬくと育つ

日本といっても分からない感じの農村風景 日本といっても分からない感じの農村風景

風で籾殻を飛ばす、昔ながらのやり方 風で籾殻を飛ばす、昔ながらのやり方

]建築様式は日本とは異なる。下層は家畜小屋になっている 建築様式は日本とは異なる。下層は家畜小屋になっている

ステイ先のお母さん。唐辛子はこの国の主食 ステイ先のお母さん。唐辛子はこの国の主食

男は脇に木剣をさしている 男は脇に木剣をさしている


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